いきてるだけで、まるもうけ。
『恥かけ汗かけ涙しろ!ライフイズワンス!』ルー大柴

誰が自由を殺すのか?

秋葉原で起きた連続殺傷事件からちょうど1ヶ月がすぎました。


うまくいかない現実に自暴自棄になった犯人が、休日の白昼都心で、トラックで歩行者天国に突入し、ひき殺しさらに、ダガーナイフで看病していた人も含めて僅か3分程度で何人もの人を殺傷しました。
傷を負われた方、亡くなられた方々には何の落ち度も無く、ただその時間にその場所にいたために犠牲となってしまいました。


自分勝手な思い込みによる、計画的かつ無差別残虐的な犯行には情状の余地は無く、
その後に模倣犯を数多く産んで言うであろう社会への影響は計り知れないものがあります。



日本は法治国家であり、仇討ちを禁止していますが、日本に生まれて、日本的(と呼ばれる)価値観に立脚した考え方を持っている私からすれば、「死刑」すら生ぬるいと感じてしまいます。

彼はこのまま、東京拘置所のなかで暮らし、裁判を経て、死刑判決を迎える。
死刑確定囚は刑務所ではなく、拘置所で執行を待つ日々を送る。
死刑が確定してから、処刑を行うまでには、裁判の経過(つまり冤罪の可能性の多少)などによりまちまちであるが、おおよそ5年と言われている。


その間、彼は他人と殆ど会うことも無く、裁判所以外では被害者の怨嗟も聞くことなく、粛々と処刑を待つ日々を送るのであろう。

詳しくは死刑 人は人を殺せる。でも人は、人を救いたいとも思うを参考に。


しかし、今回のような現行犯であり、計画的、残虐、無差別な鬼畜のような犯人に対して、社会はその程度の罰を持って、事足りるのだろうかとも思う。
(極端な話、誰も真似したくなくなるように、渋谷に透明な箱に入れて、見世物にしてもいいと思う。)


加害者の家族も含めて、加害者以外は全員被害者であることは確かであるが、殺された人は帰ってこない。将来の夢も、暖かい家庭も、子供も、仕事も帰ってこない。

家庭環境に理由を求める意見もあるが、厳しい家庭環境でも殆どの人は必死に頑張って生きているし、恵まれた家庭環境の人も残虐な事件をおこしている。




この事件で私たちが失ったものは、被害者の方々の命や健康だけでなく、
人込みの中でいつ他人に襲われるかもしれない恐怖感や、繁華街で常に防犯カメラによって監視され、ネットにいたずらで書くとすぐに逮捕されてしまうような自由であると思う。



自由とは多くの選択肢があり、それを自発的に選択できることだと思う。


誰といつどこに行ったということが、誰かに監視されていて、どんな持病を持っていて、どんな国に行ったことがあるのか、セブンでお茶と一緒に何を買ったかも全てデータベースになっていて。

飛行機に乗るのに靴脱いだり、野球場に入るのにバックの中をあさくられたり。
安心を得る為に、自由を放棄しなくては行けない社会。
人は慣れることで、それに対して疑問すら抱かなくなる。


我々は大きな代償を日々払っている。
そして、それは日々大きくなっていく一方である。


一時的な恐怖を掻き立て数字を稼ぎ、原因を『社会』のせいにして、派遣制度と、ナイフの制度を変え、時間を流せば、うまく解決するほど世の中は便利じゃない。



9歳女児がネットで殺人予告、両親知らぬ間に自宅PCから
なんと寂しき世の中よ。

PROFILE

taki
  • Author:taki
  • 長崎生まれ、長崎育ち。

    高校時代はひきこもり、
    大学に飽きて転校したり、
    スポーツ見たさにアメリカに1年ぐらい行ったてみたり、


    座右の銘は

    『尽くして、求めず』
    (高校の部活の先生からいただいた言葉)



  • RSS
  • ホームページ アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ
  • 06 | 2008/07 | 08
    S M T W T F S
    - - 1 2 3 4 5
    6 7 8 9 10 11 12
    13 14 15 16 17 18 19
    20 21 22 23 24 25 26
    27 28 29 30 31 - -

    RECENT ENTRIES

    RECENT COMMENTS

  • taki(09/08)
  • taki(09/08)
  • v3(09/08)
  • v3(09/08)
  • taki(09/07)
  • taki(09/07)
  • kyaho(09/07)
  • RECENT TRACKBACKS

    ARCHIVES

    CATEGORY

    LINKS

    SEARCH